可愛げについて

今から「かわいい人」になる

自分の周囲を見回すと、話しやすい人とそうでもない人がいます

例) わからないことがあると、いつも同じ人に質問する

そして、話を聞きやすい人と、あまり話を聞く気になれない人がいます

例) なにげないアドバイスを素直に聞ける、または余計なお世話と感じる

どちらもいい人で、良かれと思って言ってくれています

では一体なにが違うのか

かわいげ❤️、(それから面白み)

これに尽きると思います

にくめない代表

かわいい格好をするとか、かわいい小物を持つとか、そう言うことももしかして効果はあるかも知れませんが

何というか、かわいい面を持っていると思わず手伝いたくなったり、話を聞きたくなったりします

ありがとうと言ってくれる、ほめてくれる、元気付けてくれる、カラッとした冗談で笑わせてくれる

そして何気なく知恵を授けてくれる、何かに気付かせてくれる

私には、94歳まで自立して暮らしていた祖母がいました

元気で、かわいらしいおばあちゃんでした

憧れのおばあちゃん像です

おばあちゃんを思う時、

“実るほど首を垂れる稲穂かな”

この言葉を思い出します

祖母は小さいころに親御さんが亡くなり、そのため兄妹は知り合いや親戚に引き取られて、離れ離れで育てられたと聞きました

そして戦後間もなく私の父を産みました

おじいちゃんは猛烈サラリーマンで、多忙でした

おばあちゃんは、父を含め3人の子供を、忙しいおじいちゃんの分もせっせと育てました

おばあちゃんは、まだ若い四十代に病気で髪を失いました

なので、私の知るおばあちゃんはカツラさんでした

女性の髪は命と捉えられた時代です

それでも、おばあちゃんはいつも明るく、鼻唄を歌い

何かに文句を言ったり、誰かを悪く言ったりするのを聞いたことはありませんでした

私が小学生の時に、中学受験のストレスから眉をいじってひどい顔になったことがありましたが

そんな私をみて、一生懸命に明るく笑いながら眉を描いてくれました

おばあちゃんの所には、還暦すぎた娘さん2人がよく遊びにきました

私にとって叔母にあたる、私の父の妹さんにあたる人たちです

3人でケラケラ笑いながら、いつも楽しそうでした

気持ちはきっとこんな感じ

近所にもおばあちゃんは沢山いますが、うちの祖母くらい明るく朗らかな人は稀です

その祖母亡き後思うのは、お年寄りこそかわいくあれ

なぜなら、色々な場面で人の助けを必要とするから

どんなに立派な偉いひとも、皆平等に歳をとります

お年寄りには優しく、と言いますが

私はお年寄りにはもっと「かわいく」なってほしいです、そうすれば皆もっと快く優しくなれると思います

Borrowed from pixabay

そして自分も、何某かのかわいげを持つように心がけています

分からないことを人に教えてもらう、教えてもらったらお礼を言う

頭を下げる、間違えたら謝る

けして怒らない、文句を言わない、馬鹿にしない

歳を重ねる程、できなくなりがちです

 幸い、とても若い年代の方々と仕事をしていること

驚くほど腰の低くて人の良い、熱血なクライアントさんと仕事をしていること

これにより、恵まれた環境で仕事をさせてもらえることへ感謝の気持ちから

横暴になったり、偉くなったりする余地はありません

謙虚に、でも真面目になり過ぎす

他人行儀になり過ぎず

たまに害のない冗談を言って自分がリラックスする

そして相手を思ってやり取りをする

私の目指すところは、「憎めない」「いないとつまらない」と思ってもらえること

以前は仕事で頼りにされること、に重きを置いていましたが

ある時、離職の段になって「つまらなくなるわ」と言ってもらえたことがあり

あ。そうか仕事だからって仕事だけではないのだ、と気づかせてもらいました

かわいげは伝染します、あなたが優しい心で次に会う人に対峙するだけでも、その先の何かが好転します

逆に言えば、そんな方法でこそ人の心は動かされ、果てはかわいい人を増やせると思っています